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そば、うどんの歴史

関東は「そば」、関西は「うどん」?

そば、小麦の栽培は奈良時代(西暦700年頃)にはすでに行われていましたが、うどんが現在と同様のものになったのは室町時代(1300年中頃)のようで、そばが麺状の食品になったのは1574年、長野県にある定勝寺の古文書に書かれているものが初見です。その後江戸時代(1603年~)初期には地方の村々で麺類の売買がなされ、街道筋の茶屋で麺類が供されています。

さて、それではどちらをよく食べていたかということですが、江戸時代初期においては、麺類店の看板は東西ともに「うどん、そば切り」(そばをそば切りと言っていた)と「うどん」が中心だったものが中期になると江戸では「そば切り、うどん」となり「そば」が人気を占めるようになりました。しかし関西では「うどん」の勢力が強く《西のうどんに東のそば》という二大粉食文化圏が形成されることとなりました。

ところで、「二八そば」の語源ですが、享保(1716年~)頃から使われはじめ、そばの代価が16文だからという説と、そば粉8割につなぎの小麦粉2割で打ったという説とがあります。ちなみにそばに小麦粉を混ぜるようになったのは享保頃からで、それまでは100%そば粉使用の「生(き)そば」でした。
確かにそうですね。今でも東京のお店って圧倒的に「そば屋さん」が多い気がしますね。弊社は広島なのでやはり「うどん」の方が圧倒的によく売れます。「そば」は夏の「ざるそば」や「年越そば」ではよく売れますが、年間で見ると「うどん」や「ラーメン」には負けますね。麺文化って面白い!でも風味のいいそばって美味しいですよね。

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